2013年01月24日

"Love Notes Special Unit LA Recording" Creative Note

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2013年1月。ロサンゼルスにおいて「ラブノーツ・スペシャル・ユニット」と題してレコーディングを行った。下の写真は我々のレパートリーにまさにリアル・ジャズの風を吹き込んでくれた二人。ジャズ・ドラムの最高峰、ピーター・アースキン(左)と、右はチェット・ベイカーが最も信頼をおいた名ピアニスト、ハロルド・ダンコ。これに、LAの重鎮ベーシスト、トム・ウォリントン(B)が加わり、まさに最強の布陣となった。

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NEW CDのPVが完成!ご覧ください。
☆日本語版
http://www.youtube.com/watch?v=oSdLZwR0hCs
☆英語版
http://youtu.be/-LWewLARKk8

以前より我々はTV番組シリーズ「Jazz-Love Notes」でジャズ・スタンダードの"美しさ"を「音」と「映像」を通して広く多くの人たちへ伝えてきたけれども、この番組で、翻訳作業と解説を担当し、そして何よりもモノクロ映像の中でひときわクールな歌唱を披露し、言わば番組のナビゲーター役を担ったのがラブノーツのメイン・ヴォーカリスト 井上真紀だ。
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クリス・コナーを誰よりも敬愛して来た井上真紀のサポートとして、私は今回のレコーディングのピアニストはハロルドをおいて他にはいない、と考えていた。それは彼が過去にクリス・コナー自身の伴奏者でもあったことも勿論だが、私は1987年のチェット・ベイカーの日本公演の際、何よりもあの期せずして実現した新宿「J」でのジャム・セッションでチェット自身に個人的に紹介され、その真面目で優しい人間性に触れたからである。
実際のところ、ハロルドは我々の音楽の方向性を心から理解してくれて、選曲などに関しても余計な説明など不要だった。レコーディングはお互いの中間地点という事でロサンゼルスで行うことにした。ドラムスとベースの人選に関しては、ニューヨーク在住のハロルドがLAの特に親しい仲間であるピーター・アースキンと、トム・ウォリントンに参加を呼びかけてくれたのだ。

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Photo Bob Barry/Jazzography
ハロルドは有名なThad Jones & Mel Lewis Big Band に始まり、リーコニッツ、アニタ・オデイ、ヘレン・メリル、ジュリー・ロンドン、クリス・コナー、そしてチェット。さらにはあのライザ・ミネリまで、これまで正に輝かしい共演実績を積み上げてきたピアノの名匠だ。ヴォーカルの伴奏者としてだけでなくオリジナルのインストゥルメンタルの作品も有名で、現在も米国ジャズ界を代表する正統派ジャズ・ピアニストである。今回はハロルドの代表的なオリジナル曲「Tidal Breeze」も収録した。

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ハロルドが故チェットに捧げたCDアルバム

トムはLAのジャズ・シーンで知らない人はいないビューティフルなベーシスト。堅実で強力にドライブする彼のベースはハロルドのお気に入りだ。「いずれはニュージーランドに永住したいなぁ」と最近結婚した奥様と目を輝かせて語る素敵な人。
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ピーター・アースキンは言わずと知れたあのスーパーユニット、ウエザーリポートのドラマー。多分今回のメンバーではポピュラー度が最も高いミュージシャンだろう。18歳でスタン・ケントン楽団に抜擢、その後メイナード・ファーガソンOrchでロッキーのテーマ!を叩き、その後Weather Report、ステップス・アヘッドと正にジャズのメインストリームを歩いてきたグレイト・イノベイターである。僕はその昔、渋谷のスイングという小さなジャズ喫茶で82年(?)だかにモントリオール・ジャズのLiveに出ていたジャコ・パストリアスの2ホーンバンドの映像を何度も観て、新しいスタイルなのにシャープでスインギーなピーターの正統派ドラミングが最高にイカしてて憧れた。今やジャズ界の重鎮ドラマーとしてその威光を放っている。

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Photo Bob Barry/Jazzography
Peterのスインギーなスティック捌きを見ているだけで独特のノリが伝わってくる....

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懐かしい写真 (左から) ピーター、ジョニ・ミッチェル、ジャコ・パストリアス、ハービー・ハンコック

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ピアノを囲んで井上真紀のオリジナル曲「Sakura "2012"」の打ち合わせ。ウクレレで曲のアウトラインを説明。

LA在住の Mr. Nori Tani にはアソシエイト・プロデューサー兼フルート奏者としてソロとアンサンブルに色を添えて貰った。
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今回のLove Notes Special Unitのプロジェクトの大きなテーマは、Love & Light。ある人に、このテーマは震災の被害者の方へのメッセージなのか?というような質問を受けた。
しかし、今、音楽やあらゆる芸術を含めて「自らの思い」を表現しようとする時に、その気持ちの中に震災の悲劇への想いが含まれていないわけがない。そして更にはこの数年間の間に我々が失った大切な人達がいる。今回はこれまで我々が思いを深めて歌い続けてきたジャズのスタンダード曲に加えて、井上真紀のオリジナル曲「SAKURA "2012"」と、僕自身のオリジナル・インストナンバー「Pavane」そして「Sukiyaki-Songとして世界的に知られる(上を向いて歩こう)」を収録した。当然の事ながら、この我々のラブノーツとしての記念すべきアルバムにはその全てへのオマージュの気持ちが込められている。

ハロルド・ダンコとの25年ぶりの再会。それはまさにチェットの天からの采配としか思えない特別なレコーディングセッションとなった。人種やイデオロギー、国境を超えて広く多くの人々にこの音楽が届くことを願ってー。Hiro川島/Love Notes
Love Notes Special Unit: Love & Light

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Tom Warrington(B)Peter Erskine(Ds)Maki Inouye(Vo) Hiro Kawashima(Tp) Harold Danko(P) Nori Tani(Fl)

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Photo Bob Barry/Jazzography
posted by Hiro at 10:48| Chet is around!!

2012年12月30日

ブルース・ウェバーとナン・ブッシュ(2005年9月16日記)

新作映画「トゥルーへの手紙」のPRも兼ねた写真家/映画監督ブルース・ウェバーの青山の紀伊国屋跡地に出現した期間限定ミュージアムのオープニング・レセプションに行ってきた。
 僕らはその日は六本木のグランド・ハイアットでライブの仕事が入っていて、リハーサルの合間に抜け出して、1時間の内に戻らねばならなかったが、今回はブルースと相棒のナン・ブッシュも同行すると聞いていたので、このチャンスを逃す事はできまいと井上真紀と2人で表参道に向かった。
 会場に着くといきなりレッド・カーペットで凄いカメラ取材陣。なんともウラ恥ずかしい演出で正直少しひいてしまったが、中に入ると、会場はほぼ満杯なのに、ブルース・ウェバーとナン・ブッシュは2人でぽつん。皆んな遠巻きで2人を見てるわけ。これはラッキーとばかりに歩み寄ってご挨拶。チェットとのこと、映画のこと、そしてブルース達はチェットが最晩年に「Love Notes」というバンドを作ろうとしていたことも勿論知っていたので、我々がそれを引き継いで「ラブ・ノーツ」というグループを組んで活動している事などを話して、最後に17年前にLAの本屋の店先で見つけた「Lets get lost」の写真集を出すと、「この写真集は私たちの所にももう残っていないのよ」とナン。僕らが話しかけたのがきっかけで、一緒にスナップを撮ろうと人が殺到しはじめた。もみくちゃにされながらも、ブルースは彼らを制して僕らと会話を続け、そして、何よりもその写真集に嬉しそうにサインをする姿に、僕はチェットが信じた一人の写真家ブルース・ウェバーの人間性を垣間見たような気がした。

はじめて写真家ブルース・ウェバーのことを知ったのは、1987年。パリにいるチェットと国際電話で話をしていて、彼自身の半生を描いた映画をブルース・ウェバーとナン・ブッシュというコンビが撮っていることをチェット自身から聞かされた。当時広告会社にいたボクは、ブルース・ウェバーといえばカルバン・クラインの下着の写真の人だよね「へえ、スチルの写真家がチェットのムービーを撮るのか・・・」と思ったものだった。そんな事から、あらためてブルース・ウェバーの写真集とか、彼のモノクロームの写真をよく見かけるようになり、その独特な世界が気になりだしたのもこの時期だった。
ブルース・ウェバーの監督作品であるチェットの映画「レッツ・ゲット・ロスト」はまさにショッキングなほどに美しい映画だった。私は幸運にもレコード会社から依頼を受けてこの映画の国内盤サウンドトラック・アルバムのライナー・ノーツを書くことになり、まだ映画が日本に来るかどうかも決まっていない時点で、出来上がったばかりのVTRを現地から送ってもらった。自慢ではないが僕は日本でこの映画を観たおそらく初めての日本人だろうと思う。(自慢でした)
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映画「レッツ・ゲット・ロスト」はブルースの撮りおろした晩年のチェットのイメージとインタビュー・シーンにビル・クラクストンの撮った20代のチェットのイメージ。それにいくつかの過去の映画のフッテージが組み合わされて、フィクションともノン・フィクションともいえない物語が進行して行く。それをチェットのサウンドが終始"半透明のマユ"のように包み込んで、ブルースの撮るスチル写真の様なイマジネイティブな時間がゆっくり経過する。今までに出遭ったどの映画にも無い独特の世界だった。それから1年半ほど後に日本で実際に封切られた時、僕は公開中、毎日欠かさず渋谷の映画館に通った。それまでVTRで何度も繰り返し見ていたから、既に内容は知っていたのだが、独特のモノクロ反転フィルムの質感が映画館のスクリーンで観るとたまらなく美しくて、更に感激したものだ。

 この映画の編集が本国で完成に近づいていたころ、88年の春に私はチェットから彼が愛用していたトランペットを譲り受け、まるで音楽上の父親を敬うような気持ちで3日に1度は電話でパリにいるチェットと連絡を取り合っていた。その時チェットはブルース・ウェバーに最高に贅沢で美しい映画を撮ってもらったことで、電話口の声も明るかった。しかしその数週間後、自分が主役の映画のNYプレミア試写の矢先に、チェットは事もあろうにアムステルダムで謎の死を遂げてしまったのだ。あまりにも唐突な出来事に、あの時期の僕はまるで何かにとり憑かれたような状態で…とにかく毎日この映画の事ばかり考えていた。
日本版の完成試写会に招待されたのだが、予算をよほどケチったのか日本語の字幕があまりにも"いい加減"で「これじゃ映画が台無しだ」と配給会社に抗議。結果そのお粗末な字幕の和訳は、おおよそ満点には程遠いものの、少しは(?)マシになったようだからまあ、そんなトラブルも全く無駄だったともいえないだろう…。
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 僕の思うブルース・ウェバーの凄いところは、その写真の美しさもさることながら彼のユニークな作品の構成法だ。例えばよく彼の代表的な表現方法のように云われる、モノクロ写真とパステル色の文字のデザインは、50−60年代のウエストコースト・ジャズに親しんだ我々からすれば、当時パシフィック・レコードのデザインをしていた写真家ビル・クラクストンの手法であることは明白だ。でもブルースは、まるで確信犯のようにそれを今に復刻してみせる。そしてそれが下手な"猿真似"にならないのは、何よりもあの「時代」に対するブルースの深い愛とレスペクトそのものが作品の根底にあるからだろう。クール・ジャズが大好きで、無類の犬好き。平和を望み、自然と動物を愛し、手作りに拘る。被写体も、最近のデジタルの黒魔術によってクラゲのようになった肉体には目もくれず、かつてのアメリカのフロンティア精神を象徴するようなマッチョでセクシーな人間だけを題材に選び、それら全てを2次元の写真という表現からムービーへ、そして最近はウェバービルトという自分のブランドで手作りのシャツを発表したりしてファッションにまで広げて行く。そしてその表現・作品も、先ほどのデザインと同様、全てが彼のオリジナルというわけではなく、昔からの彼のお気に入りが様々に混在してコラージュされている点だ。まるで彼の部屋の壁に飾ってある子供の頃からのお気に入りの写真を集めたような写真集、過去のフッテージや歴代のスチルの名作や音楽を巧く利用して新撮とシンクロさせてビニエットのような手法で構成するムービー。ファッションでは、例えばバンダナをそのまま継ぎ合わせてウエスタン・シャツを作りポケットや切り替えしだけをビンテージ・ファブリックにしちゃう、とか…。でも、そんな風に出来上がった彼のデザインのネルシャツがかかっているだけで、殺風景な部屋が少し暖かくなるような...そんな不思議な魅力があるのだ。
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人達は誰でもそんなブルースの無邪気なパッチワークのどこかに自分と共鳴する「何か」を見つけて、それをめっぽう気の利いた構成で見せられる度にため息をつき、そして少しづつ自分の「美的価値観」を高めてゆく。僕はこういう、実に21世紀らしい彼のやりかたにとても共感する。
 彼の新作映画である「トゥルーへの手紙」も観たが、これまたなかなか見事なパッチワークで、愛犬「トゥルー」君に語りかけるナレーションと「犬たちの映像」+「反戦メッセージ」+「オール・アメリカン的メンタリティ」がちりばめられたそのストーリーというか内容も興味深いが、むしろその微妙なカメラ目線やちょっとした微妙な影や色の質感に、彼の動物たちへの限りない愛情(…というかCARE..かな)を感じて不覚にも目頭が熱くなってしまう私ではありました。
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"Jazz‐Love Notes" 

さて、BS日テレで放映している我々の番組「Jazz-LoveNotesUPacific」が再放送される事が決まった。この番組、もともとはボーカルの井上真紀と一緒に、生誕70周年を迎えたチェット・ベイカーに捧げる3曲位スタンダード・ジャズを演奏した映像を製作してみようか、という軽い気持ちで企画したものだった。それがTXで2クール放映された後BS用に30分番組化されて、今はセカンド・シーズンだから、1話で演奏される曲が平均3曲としてざっと50曲以上収録したことになる。選曲は特にチェットのレパートリーとかポピュラー度に限らず、むしろメロディや歌詞の内容を重視して僕らの好きな曲から選んでいる。
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最初のシリーズは「Jazz-LoveNotes Premium」という番組だったが、その演奏シーンは我々の別の映像やモノローグも入れて、「ALBUM」と「ALBUM2」「CHRISTMAS」という3枚のDVDに編集した。結果的にこれらのDVDは、我々ラブ・ノーツのそれまでの歩みを集約したような3部作になった。
 現在放映されている「Jazz-LoveNotesUPacific」は、前シリーズの続編という事以上に、撮影が全てHD(ハイビジョン)カメラで行われているところに大きな特徴がある。HDというと、色彩が鮮明で髪の毛1本(?)まで詳細に写るというような事ばかりが話題になるが、私としてはむしろHD特有の空気感とか特にモノクロにした時の影の奥深さ、それから生まれる立体感が好きだ。そこでHD撮影になってからもカラーとモノクロを混在させた手法は変えずにロサンゼルスで撮影した。ロケ場所は特にチェットがそのキャリアを花咲かせた50年代のアメリカ西海岸をイメージした・・・とはいっても当時流行っていたアレンジが中心のいわゆるウエストコースト・ジャズの演奏形式ではなく、あくまでもチェットやジェリーマリガン達のあのサウンドが放っていたロマンチシズム、カリフォルニア特有の明るく開放的でしかしどこか破滅的で刹那なムード。その後のテクノスフィアを予感させる様な漠然とした、しかし明らかな希望。そんな、人間の歴史上の最も輝ける瞬間を今、井上真紀というボーカルの稀なる逸材を擁するラブ・ノーツなりの解釈で演奏しているのだ。更に個々のプレイヤーの資質…世界中どこを探しても、こんなにスポンテニアスにリリカルに僕の思い描く番組の世界を表現してくれるミュージシャンはラブ・ノーツのメンバーをおいて、そうはいるものではない。 技術をひけらかす事なくひたすら「美しい音」を紡ぐ職人達。それが僕の好きなプレイヤーの姿だ。撮影もそのほとんどがワンテイクの録音で進んでゆく。その場で美しいハーモニーとメロディが紡ぎ出される瞬間瞬間がHDカメラに収録され、放映される・・・それほどスリリングな事が他のどこにあるのだろうか。
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 曲間に挿入されるトークは僕らの友人でもある映画監督、デボラ・アン・デスノーを招いて井上真紀と「女同士」のたわいのない話をしてもらうのだが、彼女達はジャンルは違うがお互いにクリエイティブな仕事をしているので、そのトークはいつも興味深く尽きる事がない。特に事前に話題も決めないし元々台本もないわけだから、たいしたものだなぁと、いつも思う。
 そして今回のシリーズで特に嬉しかったのは、LA在住で実際に50年代からチェットの専属ピアニストでもあり、映画「Let's Get Lost」にも出演していたフランク・ストラッゼリが、我々の企画趣旨に共鳴してくれて、エピソード#8で出演、共演してくれたことだ。ブルース・ウェバーの「Let's Get Lost」のサウンドトラックを彷彿とさせる彼独特のピアノを存分に披露してくれただけでなく、トーク・コーナーでは映画出演の秘話など興味深い話をしてくれた。面白かったのは、僕がこの番組のテーマに選んだくらい好きな「Moon and Sand」という曲をあの映画でチェットに歌わせたのはフランク・ストラッゼリその人だった、という事が明かされたり・・・! これは本当に衝撃的だった。
さて、その映画「Let's Get Lost」の監督である写真家のブルース・ウェバー・・・。大巨匠を私の話しに引っぱり出して失礼かも知れないが、実はブルース・ウェバーと僕には少しばかり共通点がある。お互いに、チェットの音楽に心酔し、50年代Pacific Jazzのレコードのジャケットに表現されたモノクロ写真にパステル系のタイポといったイメージ、ビル・クラクストンやハーマン・レナード達のジャズ写真家の作品が好きなこと。そして何よりも、我々は日本とアメリカという場所こそ違うが1986-7年という同時期にチェットと個人的に知り合い、彼の死の直前までそれぞれ彼自身と連絡を取っていた事だ。勿論ブルースは僕より一まわり近くも年上で、全世界が注目する写真家である。併記すること自体がナンセンスと思うのだが、中には僕のプロデュースする映像が何かブルースの映画を素に作られているように感じる人がいるらしい。この際だからその辺は明確にしておきたいのだが、僕とブルースがそれぞれ作ろうとする作品の大きな相違点は、ブルースの映画があの独特のモノクロ反転フィルムの究極の「美」で自分の興味ある人物を「映画作品」として表現しようとしているのに対して、僕の方はチェットがその音楽をとおして教えてくれた、ジャズ・スタンダードの「美」=「メロディと歌詞の奇跡的な出逢い」を「今の日本人」に伝える「情報番組」であって、それは全く異なる想いなのだ。あえて共通点があるとすれば、チェットイズムとでも言うべき「モノクロームの肖像」というイメージをお互いの作品に暗に反映しているところ位だろう。しかし、この一見類似したモノクロ手法でさえ、その意味は決定的な違いがある。以前、僕は何かの記事に「もしチェットの真実により深く触れる方法を求めるとすれば、それは客観的に彼の「生き方」を鑑賞するだけでなく、むしろ彼が人生の中で唯一手を抜かないでやり通したその音楽に、眼を閉じて「心」で共鳴してみることではないか」というようなことを書いた記憶がある。僕にとっては「モノクロ映像」は即ち映像を見ながらして「眼を閉じる」という単なるイマジネーションを促す「手法」なのだ。
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 私は幸運にも日本人としてチェットに出逢い、並んでトランペットを演奏し、延々と続いた8小節交換のバトル演奏の中で彼の音楽の「本質」の一角に触れる事が出来たと思っている。その演奏中、眼を閉じてトランペットで交わした会話の内容は僕とチェットだけの秘密である。これは天下のブルース・ウェバーでも知ることは出来まい。私の演奏活動、制作する作品は全て、そのチェットとの言語を超えた会話から得た今の日本人に向けたメッセージなのだ。私はこれからもラブ・ノーツというジャズ・プレイヤーを核としたユニットで、パフォーマンスを継続してゆく。ラブ・ノーツの音楽は、音楽に詳しいリスナーから見るとジャズだけでなく様々なジャンルの音楽を演奏するユニットに映る。それはパフォーマンスの素材を単にボーダーレスに様々な音楽から求めているということ以上に、「どんな音楽」を創造するかという事と同じくらい「音楽をどう」聴かせて、見せて行くかということを常に提案してゆくということなのだ。ある人達にとっては我々のパフォーマンスにおける異ジャンルの聴覚と視覚のコラージュ的やり方に戸惑いを感じる方がいるかも知れない。しかしそれもラブ・ノーツの演奏する音楽のいち形態なのであり、それはブルース・ウェバーのパッチワーク術と同様に、チェットが示した音楽表現の「美」の秘密を今現在に解き明かしてゆくために、我々が選んだ21世紀における独自の音楽スタイルなのだ。 
 最後に、チェットが死の直前にあるインタビューで発言した言葉を紹介したい。
「この先もジャズが死に絶えるとは思わないな・・・。これは自分自身を表現するのにいいやり方だからね。ジャズに支えられて僕は40年トランペットを吹いてきたんだよ」
☆Jazz Love Notesのクリエイティブ・ノートはこちらから☞ http://www.lovenotesjoy.com/jazz/
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posted by Hiro at 00:37| Chet is around!!

2012年12月11日

Flexiosoursの涙 #2 「Flex Nibsは絶滅危惧種??」

さて、フレックス・ニブである。
細い線と太い線を一本のペンで続けて書けるペン先は、カリグラフィーの初級講座などで使う「イタリック」や「スタブ」あるいは「譜面用ペン」のようにポイントが扁平にカットされたものがあるが、フレックス・ニブはそれらとは違い、見た目は「極細」ポイントだが、筆記中にペンに軽く圧を加えてペン先の切り割りを開閉し、極細からその約4-6倍の極太までスムーズに描く事ができるペン先(ニブ)の事を言う。フレックス・ニブは通常のペン先より中央の切り割りが長く、ロングノーズで精悍なシェイプが特徴だ。
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このタイプのペン先が付いた万年筆は日本では殆ど見かけないし、海外のペン市場でさえ、今はなかなか見つけることが難しい。なぜなら、フレックス・ニブが一般的に造られていたのは1930年くらいまでで、それ以降はカーボンコピーの普及に対応して万年筆のペン先が硬くなり、製造や調整に手間のかかる超軟のフレックス・ニブはほとんど造られなくなってしまった。現在もペンの硬さは基本的に硬いままだ。勿論多少腰が柔らかめのペン先は作られているが、フレックス・ニブは柔軟性に加えて、筆圧に応じて切り割りが開くようにデザインされたものなので、現行の一般的な万年筆のペン先とは別のものと考えた方がよい。
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更に、最も貴重で高価と言われる1910-20年前後のビンテージ・ニブは、金ペンといえども 材料の金に混ぜられた金属によっては経年劣化も皆無とはいえず、よほど繊細な「加減」を知って扱わないと簡単に壊れてしまう。はたして例えが適当か分からないが....ビンテージ・フレックスを無神経に扱う事は、いわば100歳のおじいちゃんに相撲の"股割り"稽古を強いるようなものなのだ。フレックス・ニブはその微妙な"しなり"と"柔軟性"が命なので一度壊してしまうと修理が効かない。しかし最近は金ペンの骨董的価値ゆえにビンテージ・ペンを買い漁る人が世界中で急増し、正しいフレックスの扱い方を知らない人達ががニブを乱暴に使って壊してしまう。だから、今まさにこの瞬間にも、ただでさえ希少なフレックス・ニブがこの地球上から次々に消滅しているかもしれないのだ。私がこのエッセイのタイトルを「Flexiosourus =フレジオサウルスの涙」としたのも、まさに絶滅寸前のビンテージ・フレックスを恐竜に例えてそう名付けたのだ。
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当時の金ペンはいわゆる"鍛造"といって叩いて延ばした金の板から手造りで製造されたという説もあり、同じブランドの同じモデル名でも一本一本に個体差がある。これまでの私の経験値で言うならば、ビンテージ・フレックス・ニブのコンディションはまさに千差万別。硬さは勿論だがバランスや調子など同じものは2つと無いといっていい。ニブの柔らかさだけとってみても、海外のフレックス愛好家の評価基準を段階別に和訳すると次のようになる。⑴ a Bit flex=気分だけFlex? ⑵ Some flex=何となくFlex? ⑶Semi flex=まぁFlexかも.. ⑷Medium flex=一応はFlexかな。⑸True flex=ここからがFlex。⑹Very flex=とってもFlex。⑺Full flex=かなりFlex。⑻Extra flex=大いにFlex。⑼Super flex=めッちゃFlex。(10)Ultra flex=ちょーFlex。そして極め付けは(☆)Wet Noodle=のびた"うどん"くらいFlex!....という事になる。問題なのは購入の際で、店頭でペンの状態を判断したくても、通常のペンと違い、壊れやすいビンテージ・フレックスを自由に試し書きさせてくれるところは稀だ。そこで僕のFlex仲間の一人は、米国各地で開催されるアンティーク・ペン・マーケットに通い詰めて学んだというゲリラ的方法を教えてくれた。それは、右手にペンを構えて左手の親指の爪の中央にペン・ポイントを当て、軽く圧をかけてやるというもの。やってみると確かに実際に書くより、むしろ力の加減が感じられて比較し易い。それでもいつまでもしつこくやっていると売り場のオヤジに小言を言われるらしいが...
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さて、これほど状態に幅があるものを、日本から海外のオークションや通販などで素人写真だけを頼りに買うことがどれだけ困難か...おおよそお分かり頂けるだろう。故にビンテージ・フレックスの購入は、出来れば海外のショップで直に求めるか、もしくは信頼できるセラーから、下の写真のように実際にそのペンで書いたサンプルを送ってもらい、吟味して購入することをお薦めする。 そして、ニブの裏などに修理された跡などが無いかなどコンディションの詳細を確認することも忘れずに...。
でも、そうしてやっと購入したペンが運良く自分のスタイルに合えば、その一本の古いペンが貴方を、それこそ"至上の気分"にしてくれるであろう事を私は100%保証しよう。但し、しつこいようだが、ビンテージ・フレックスはとても壊れ易い。経験上言うが、誰でも最初は"夢見心地"で書いていて、つい力を入れ過ぎてしまい...結果として"悪夢"を見る事になりかねないものだ...。どうか絶滅寸前のフレックス・ニブをこれ以上減少させない為にも、練習を重ねてその"力加減"を早く学んでいただきたいと思う。

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Photo by Rob Morrison

ビンテージ・フレックス・ニブのブランドに関して...
私はContinental Europeのメーカー(ペリカンやモンブランなど)のフレックス・ニブはまだ多くの個体を試したことが無いので分からないが、米・英のメーカーとしては、"PINK"ニブで有名なウォーターマンのフルサイズ#7や小型の#5シリーズ、W.エヴァシャープ、シェファーのNo.2, Self-FillingやLifetime、デラルーのオノト、スワンのマビートッドなどが現在も探せば入手可能だと思う。

シェファー・スノーケル・ペンのフレックスバージョン....
更に、これも今となってはビンテージ扱いになるのかもしれないが、比較的新しい1950ー60年にかけてシェファー社が少量だけ生産した素晴らしいフレックス・ニブが存在する事も付け加えておこう。いわゆるシェファー・スノーケル・ペンと云われるシリーズがそれだ。スノーケルといえば何よりそのユニークなインク吸入メカニズムで有名だが、実はこのペン 当時大ヒットしていたパーカー51のフーデッド・ニブに対抗した超ハードな円錐形のコーニカルと呼ばれるペン先も大きな特徴でもあった。硬いペン先が売り物のスノーケルにどうやってフレックス・ニブが存在するのか不思議に思う方もいるかもしれないが、実はシェファー社は定評のあったフレックス・ニブを望む昔からの顧客に対して、あえて伝統的なオープン・ニブ・バージョンのスノーケルのモデルにフレックスのオプションをラインナップしたのだった。当時の工房の片隅にはフレックス・ニブ専用の別コーナーが設けられ、フレックス専門のベテランの技術者が一本一本手にとって微妙な調整をしていたという。フレックス・ニブが付いたスノーケルはインク・フローを通常のものと変える為にペン芯は特製のものが付き、またスノーケル・パイプの太さも内部の芯の形状もレギュラー版とは違ったパーツが用意されていた。更に興味深いのは、この "超ハードにデザインされたコーニカル・ニブ"においても、フレックス用にリ・デザインされた珍しいニブが存在する点なのだ。結果下の写真のように実に様々な美しくユニークで素晴らしいフレックス・スノーケルがごく少数ながら製作された。これらの愛すべきペンについてはいずれ別項にて取り上げたいと思っている。
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Love NotesのNEW CD "Love & Light" のPVが完成!
タイトルを描いています。ご覧ください。
☆Japanese Version
http://www.youtube.com/watch?v=oSdLZwR0hCs
☆English Version
http://youtu.be/-LWewLARKk8
posted by Hiro at 20:09| Flexiosourusの涙

2012年12月01日

Flexiosoursの涙 #1 「フレックス・ライティング」

今回、万年筆の雑誌として購読者の多い「趣味の文具箱」という本に私の事が掲載されて、早速お問い合わせを頂いている。ペンや字体についてもっと知りたいという人から、ジャズ・トランペット・プレイヤーが何で文房具の雑誌に??その意外な組み合わせに興味を持ってくれた方もいる。そこで、今回の掲載ページにはスペースの関係で書けなかった事や僕の愛用のペンの事などもご紹介してゆくことにした。時間のある時に書いてゆくので気長におつきあい頂ければと思います。ーHiro
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"Flex Writing"のこと

僕はいつも自分のジャズ・ライブの前に10分間だけコーヒーショップに寄り、その日に特に演りたいと思う曲を数曲メモに書く。とりあえず思いついた数曲分のタイトルを書くだけなのだが、実はこれがその日のライブのカラーに関わる大切な"儀式"となる。
ただ書くのではなくその曲をイメージして自分流の書体で描く。使うペンもいわゆるボールペンやサインペンではなくて、フレックス・ニブという柔らかい金のペン先が付いた自分専用の万年筆を使う。なぜ曲のタイトルをあえて丁寧に記すのかといえば、それは僕自身のスタンダードの楽曲に対するリスペクトに他ならない。書いた曲順のメモを演奏前にメンバーに渡したり、ピアノの上に置いてそれを皆が見る事で、単に曲目を言葉で指示するよりそれらの曲に対するイメージや愛着を伝えて共有できると思うのだ。
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ところで、僕にとって母国語は日本語だから、英語はあくまでも外国語である。若い頃には一時英国にもいたし、長く勤めていた広告会社も外資系だったから、まあ英語に触れる機会は比較的多かったかもしれないが、それでも僕にとってのアルファベットは所詮「記号」であり、無機質な「幾何学模様」に過ぎなかった。そこから感情や精神を受け取ることは無いし、ましてや英語で自分を「表現」しようなどとは考えてもいなかった。
ところが、ジャズという音楽のフィールドで長くスタンダードを演奏したり歌ったりしていると、いつしかそれら楽曲の本当の魅力を知るチャンスがやってくる。例えばそれは、古き良きアメリカの気の利いた"比喩"や"韻"だったり、曲と歌詞のマッチングの妙のようなものなのだが、あるとき、印象的なメロディにまさに奇跡のように寄り添う美しい詩的表現に出遭い、それまで沈黙していた僕の中の英語の文字がまるで生き返ったかのように、踊り輝き出し始めたのだった。
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それは、全ての言葉に「言霊」が宿るとさえ云われる日本語の多種多様な表現とは対照的な、アルファベットという「たった26個の文字たち」がメロディやハーモニーに乗って奏でるイマジネーションの世界。その音楽の世界はいつしか僕の中に「革命的な意識変化」を起こしていた。しかし同時に、もしかしたらこれは僕だけの言わば発見の喜びであり、母国語が英語の人達にはむしろ理解出来ない種類の感動かもしれない、という思いもあった。…しかしスタンダード・ジャズという呼称の如く、それらの楽曲が普遍的で100年の歳月を経ても今だに歌い継がれているという事実こそが、その本質的な価値を裏付けているようにも思う。いずれにせよそんな新しい発見と喜びを与えてくれた楽曲をステージで好きなようにアレンジして演らせてもらうわけだから、そのタイトルくらいは丁寧に書いて敬意を示さねば、バチも当たろうというものだ。

ところで、よく僕の描いたメモを見て「カリグラフィーですね。どこで習ったんですか?」と聞かれることがあるけれど、僕のは正式(?)に誰かに習ったわけではなく、これまでの人生で見てきたいろんな書体を元に自分の好きな文字を思いつくままに筆記している。僕はこれをフレックス・ニブのペンで書くことから、それにかけて"Flex(=テキトー)ライティング"と呼んでいる。
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 書きながらその場で文字に飾りをつけてみたり、例えばちょっとしたスペースができれば、そこにバラの花を入れてみたり...と何でも自由に描く。…とはいえ、音楽の演奏も同じことだが、文字を書くにあたって書体に関する基礎知識が全く無いわけでもない。僕の文字はどちらかといえば17世紀のヨーロッパで産まれた書体「カパープレート」に近いと思うが、以前 広告代理店の仕事で日常的に親しんだ様々なフォントや、昔から好きだったジャズのLPのジャケットデザインなどが頭にあって、それに、普段 街を歩いたり古い洋書や広告に気になる文字を見つけると、それを記憶にとどめてオフィスに帰り、実際に書いてみてもし文字的に互換性があればアイデアに加えてゆく。だから、僕の書く字体は常に"変化"しているというわけだ。
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書く速度も、インク瓶にペンを漬けつつ時間をかけて描くのではなく、通常の速さより少し遅いくらいの速さで気軽に書いてゆく。音楽でいえば、コンチェルトの様に荘厳さや完璧さを追求するというより、むしろジャズの持つアドリブ=即興に通じるような世界。紙の大きさ以外に何の制約もない落書き感覚と、磨かれたイリジウムのトレース感、さらに潤沢なインクフローが、まるでピアノ・トリオの中で即興でメロディを奏でるような気持ち良いリズム感を生み出してくれるのだ。
きっちりと全てが揃った芸術的なカリグラフィも勿論素敵だけれど…ちょっと不揃いなところや、どこか手書っぽい「味」のある"Flex(=テキトー)ライティングが僕は好きだ。
(次回につづく⇨#2 Flex Nibsは絶滅危惧種?? http://hirokawashima.sblo.jp/article/60690300.html )

 下の動画は、以前僕自身のFlex Writingと遊びに来た友人の犬達をiPadで撮ったホーム・ムーヴィー"The Spring Family"です。犬のお好きな方はどうぞご覧下さい(笑)
http://www.youtube.com/watch?v=uEwFjF0j5Kw 
posted by Hiro at 18:20| Flexiosourusの涙

2012年05月07日

Day-14 "今年も無事に咲きました!" (全ストーリーはスクロールして↓Day1(4/24)から!)

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Hotsuma Rose 2012 のTop は http://hirokawashima.sblo.jp/article/55473674.html?1410415154 から。
Hotsuma Rose 2011は http://hirokawashima.sblo.jp/article/44408119.html?1410414192 からお読み下さい。

蕾の発見から2週間。我が家のファースト・ホツマ・ローズは今年も無事に咲いてくれた。他のバラ達も沢山蕾を付けて、今年はこれまでになく賑やかなガーデンになりそうだ。僕はこれからベトナムのサイゴンに行くので、全開のホツマ・ローズをお見せできないのは残念だが、それにしても、昨年のあの23日間という長さにくらべて今年はほぼ10日も早く開花した。毎年、この短い時間だけでも、毎日写真を撮ったりものを書いたりいろいろ考えたりすることは、今や大切な自分のニュートラル期間になっている。そしておそらくは、その時々によって必要な期間が与えられるという事なのだろう。
さて、この短い間にもいろんな事があった。悲しい出来事、また嬉しい出逢いもあった。昨年と比べると少し空気が軽く感じられるのは気のせいだろうか。今年は4月にHawaiiに行ってメリーモナーク・フェスティバルに出演し、とても貴重な時間を過ごさせてもらった。これからもたくさんの予定がすでに組まれていて、今年も多分あっという間に過ぎてしまうのだろう。でも確実に一つの変化として実感する事がある。それは昨年の震災以降、本当に今までに無い程の雑多な「情報」と「モノ」と「思い」の中に埋れた純粋な美しさをいわば手でかき分けるように探し出してきたけど、今、ますます混迷をきわめる世の中において、本当に美しい物事が ここに来て自らその輝きをを増し始めているように感じるのだ。土から育ち、まさに今花を大きく咲かせようとしているこの一輪のホツマ・ローズのように。
今、世の中はYES・NOでは判断できない事で溢れかえっている。誰もが自分の「主張」だけを声高に叫んでいる。でも、人は今こそそれぞれの「心の美」を持たなければいけない。僕もそれを目標に生きている。「美しさ」とは「善・悪」や「正・誤」ではない。それを判断する「勇気」を人間に与えてくれる唯一のエネルギーなのだ。

最後に例年のとおり「ホツマツタエ」の序文で歌われた美しい歌をご紹介して今年の始まりを祝い、一旦このブログを閉じる事にします。
「しわかみの こころほつまと なるときに はなさくみよの はるやきぬらん」-大田田根子命





追記 2014年 春
じつは...
昨年遂にマエストロ 小澤征爾に会うことが出来ました。それも偶然に。秋の陽が眩しい昼下がり。横断歩道の向う側とこちら側で....こちらが会釈をすると、お嬢様と一緒のマエストロがそれに軽く会釈で返してくれて。
赤信号だったけど僕はクルマを縫って足早に車道を渡り、とにかく自己紹介を....
矢継ぎ早に喋る僕を制するように「ところで君は何をやるの?」とマエストロ。
「あ、ジャズのトランペットです」と。「トランペット....ね。」
「あの、マエストロ。」「何?」「お見せしたいものが...」
そして僕は、27年間ずっと御守りの様に財布の奥に入れていた小池爺との2ショットのスナップ写真を出し、それをマエストロに渡しました。
「あの、これを...この人なんですけど...」
僕が渡した写真を見たマエストロは ...さて、なんとおっしゃったでしょうか。
それはまたのお楽しみに....

それにしても、人生って本当に不思議。偶然が偶然を呼んでそれが必然になって行く。
誰かが言ってたなー。偶然ってのは 偶=2人が、然=然るべくして出遭うことなのだと。

(人生は) つづく
posted by Hiro at 11:55| Hotsuma Rose Essay

Hotsuma Rose 2012 Day-13 "僕は本来人嫌い"

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今日は突風と雨と落雷がすごかったね。あの時間僕は代官山にいたんだけどあまりに風が強くてウチのベランダのバラを思わず心配してしまったよ。帰ったらみんな無事で安心したけど・・・。
ところで、あの名古屋の小池レコード店の話にも繋がる事だけれど、実はここの数日で新しい人との出逢いというか繋がり現象がまた起こりだしてちょっと楽しい気持ちだ。勿論それも全て音楽が核にあるんだけど・・・皆はどう思っているか知らないけど、そもそも僕は基本的に"人嫌い"なんです。別の言い方をすれば極端な人見知り、というか。更に、音楽を演りに出かけること以外は、全くの"出不精"と言っていい。本当に人に会うのが億劫で仕方がないのだ。これは多分以前やっていた営業の仕事の反動であることは明白なのだが…。特にここ10年ほどは、本当にライブの時ぐらいしか、人との交流というものがなかったように思う。でも自分からひとつの殻を破って、こちらの動き方や気持ちの持ちようを変えてみると、意外にも天の図らいは起こるんだな..と、今更ながらそう実感している。

http://hirokawashima.sblo.jp/article/55700091.html につづく



posted by Hiro at 01:48| Hotsuma Rose Essay

2012年05月06日

Hotsuma Rose 2012 Day-12"蕾は順調に育ってます"

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やはり思ったとおり、ホツマ・ローズ!順調に育っています。花はまだまだ開きが足りないけれど、顔を寄せてみると香りが強くて「あーまたこの時期がきたなー」と実感する。前にも書いたけれどこの香りは伝統のブルー系のバラだけに伝わるちょっとスパイシーな独特の香りで、専門家の間ではジャズ用語ならず「ブルーノート」と呼ばれる。ブルームーンやスターリング・ローズ、ステンレス・スティールなどもブルー系なのでこれらも同じ系統の香りがする。去年の5月は地震の直後ということもあって、このベランダ・ガーデンも何か重苦しい空気に包まれていたが、今年は少し違う感じだ。あと数日で開きそうだからその時の気分を楽しみに待ちたい。

http://hirokawashima.sblo.jp/article/55694807.html につづく
posted by Hiro at 02:14| Hotsuma Rose Essay

2012年05月04日

Hotsuma Rose 2012 Day-11 "名古屋のレコード店の思い出" Vol.5

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「小池レコード店」の店主はそのお名前を小池弘道氏という。このおじいさん最初はとても偏屈な人に見えた。だから初めてこの店の引き戸を開けた時に、そのあまりの素っ気無さにボクがもし心を閉ざしていたなら、まさか3日も続けてこの店に通うことなど無かっただろう。しかし僕はこの店で長い時間レコードを鑑賞し彼のユニークな音楽観を堪能した。それはとても勉強になったし、暇つぶしというには申し訳ない程の興味深い体験だった。それに対して僕はまだ一銭も払っていないわけで、かと言ってレコードもどうやら売ってくれそうにない。さて一体どう"お礼"をすればいいのだろう...。
3日目の今日は、仕事が終って新幹線の時間まで1時間程しか居られないが、だからといって「今日は短めに頼みます...」というのもおかしな話だなぁ。でも多分レコード鑑賞が始まってしまったら途中で中断するのも無粋だし。そう考えた僕は「そうだ、今日は僕が彼のために演奏しよう」と思いたった。僕は当時から出張の時は必ずトランペットを持って行っていた。ホテルで寝る前に練習する用のミュート付きの小さなポケット・トランペットだが、オモチャではなくちゃんとした音が出るものだ。これで、演奏者である自分の素性を伝えられるし、バラードでも一曲吹いたらきっと喜んでくれるだろう。そう考えたのだ。これは名案!!
夕方、店に着くと小池のおじいさんが待ちきれない様子で店から飛び出してきた。早速、いつもの定位置に座らされ、今日は娘さんらしき女性がお茶を出して下さった。「あの、小池さん。きょうは…」僕はバッグからトランペットを出しながらこう切りだした。「実はぼくジャズやるんです。この2日間は本当に良い音とお話を聞かせて頂きありがとうございました。お礼と言っては僭越なんですが、一曲聞いてください」と。…すると、小池さんの表情が少しこわばり、こう言った。
「まあ、ちょっと待ちなさいよ。ね…」そして僕の手をそっと制すとこう続けた。
「音楽というのはね、これは自分の為に演奏するんですよ。あのね、人の為や、誰かれの為じゃなくてね、自分の為にね....それを間違えちゃいけない。」
・・・僕はトランペットをカバンの中で握りしめたまま、無言でその言葉を聞いていた。なぜか身体中に冷や汗が流れ始めた。小池さんは続けた。「面白いね。おなじだ。小澤くんもね…」「え!小澤征爾さん?」
「そう。今の君みたいに言ったもんだよ。別れ際にチケット2枚出してね、小池さんに僕から、是非!今晩のコンサートにご招待します!ってね。」「だから同じように言って返したよ。君が僕にそんな事する必要は無いよ、とね。ははは…」
「・・・カワシマさんといったかね?」僕は「はい」と答えた。「僕はたぶん君のことは忘れないよ。あの世に行っても忘れないだろう。だからね、あなたはとにかく自分の為に音楽を演奏しなさいな。自分がいいようにね。僕は天国でそれを聞かせてもらうから…」
そして「さ、じゃ今日はこのくらいにしよう。」というと、また降り出した外を見て「傘要るかい?」と聞いた。僕は「いいえ、大丈夫です」と答えるのが精一杯だった。
「通りを渡って地下街から駅に行けるから。」僕はありがとうございましたと最後の礼を言う事も忘れ、通りにでて横断歩道を足早に渡った。
言われたとおり地下街に入るところで、ふと店を振り返ると小さな体の小池のおじいさんは、こちらに向けてずっと手を降り続けていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
以来、僕はいつの日かもし小澤征爾さんと、万が一にもお話ができる機会があったならば、まずは訊いてみたいと思っているのだ。果たして小澤征爾さんは若い頃、本当に名古屋の「小池レコード店」で時間を過ごし、レコードを鑑賞し、最後に本当にチケットをプレゼントしようとしたのだろうか?。いやいや 小池さんは僕を引き留める為に「同じ椅子に小澤くんが座った」と言い、また、僕の"自尊心"を傷つけまいと、チケットの話を作ったんじゃないか、とも…。その真偽はまだわからない。
あれから25年が経ち、風の便りで小池のおじいさんは10年ほど前に亡くなり、正式名称「小池輸入レコード店」も閉めたと聞いた。享年90歳。永く皆から愛されたレコード・コンサートや、ユニークな小池語録は今でも語り草になっているとも…。また中には、ただのレコードをとんでもない高い値段でつかまされた!と嘆いている人もいるらしい。…いやいや楽しいな。実に小池のおじいさんらしいエピソードじゃないですか!
が、しかし…僕は50を過ぎた今でも、時々自分を諌めるが如く言いきかせる事がある。それは「音楽は自分の為に演奏すること。他の誰でもない自分に向けて恥ずかしくない音楽を演ることだ」誰が何と言おうと、それを僕に気付かせてくれた小池弘道という人への感謝の気持ちは変わらない。

http://hirokawashima.sblo.jp/article/55679392.html につづく
posted by Hiro at 16:17| Hotsuma Rose Essay

2012年05月03日

Hotsuma Rose 2012 Day-10 "名古屋のレコード店の思い出"Vol.4

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「目をつぶって音像を見てごらん」そう言って彼はかかっているラテンのボリウムをあげてみる。「音量を上げてもラッパの位置が動かないでしょ?これがウチのレコードよ。他のレコードはラッパの位置が行ったり来たりするんだ。ボリウムが大きくなれば近寄ってきて、小さくすれば遠くに行っちゃう...」そして次にターンテーブルに乗ったのはシンフォニーだった。今でこそウロ覚えだが、たぶんマーラーNo.5だったように思う。荘厳な響きを聞きつつ薄目をあけて彼の指先を見ていると、その指の動作が思っていたよりちいさい動きであることがわかる。さらに気がついたことは音楽の進行や楽器構成などをある程度把握した上でのコントロールがなされていて、よほど聴き込んでいなければこの技は出来ないだろうことも伺えた。そういう意味では、このおじいさんがライフワークとして40年間続けてきた、というレコードコンサートで養った感性と一つ一つの作品に対する洞察力が、それを可能にしていることは明白だった。僕自身レコードを鑑賞する上で楽器の定位のセオリーくらいは認識していたつもりだが、何よりも衝撃だったのは、この人がプレイヤーとアンプとスピーカーというステレオ・コンポーネントで、LPを単に再生しているのではなく、彼自身がその手でこれらの機械を総合的に「奏でて」いることだった。
表看板には「小池レコード店」という表札こそ掲げてあるが、この店がこちらの求めるレコードを選んでその場で購入できる店でないことは明白である。何故なら彼の云う、特別な製法で作られたレコードがこの店の2階に果たしてどれ程のジャンルに渡り、どれだけストックされているのかは知る由も無いわけで、例えば僕が今すぐにでも欲しいと思うマイルズのリンカーンセンターの"Four & More"のオリジナル盤を、と頼んで「ヘイっ お待ーち!」と出てくるはずも…まず無いのである。果たして彼はここで客(結局2日間ただの一人も店には入って来なかったが…)に対して何を伝えようとしているのだろう。正直なところ、彼がボクに都合8時間という時間を使ってしてくれたレコード・コンサート+講義という、いわば個人セッションに対してそれなりのお金を払ってもいいと思ったし、だから本当にお勧めのレコードでもあれば今日は何枚か買うつもりでいた。しかし帰り際にそう切り出すと「ウチのレコードは君には買えんよ。高くて。」と。「え、一体いくらなんですか?」ときいても、はぐらかして教えようとしないのだ。「それより...明日はくるの?」という。「来れたらきます」新幹線の時間までなら…。そう言って僕は仕事に戻ったのだった。

http://hirokawashima.sblo.jp/article/55658126.html につづく
posted by Hiro at 11:51| Hotsuma Rose Essay

2012年05月02日

Hotsuma Rose 2012 Day-9 "名古屋のレコード店の思い出"Vol.3

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次の日、実は午後に約束があったのだけれど、朝飯を食べながら昨日のあの店の事を考えていたら、やはりどうしてもあのオーディオでパブロ・カザルスの"鳥の歌"を聞いてみたくなって、散々迷った挙句、先約は電話を入れて謝り後日にしてもらった。
小雨の降るなか、僕は新栄通りのあの店を目指した。少し早めについたのだが、昨日はなぜか目に入らなかった「小池レコード店」という看板が掲げられていて、なんとその下であのおじいさんは僕を待っていた。僕の姿をみつけるなり「こっちこっち」と嬉しいそうに手を振っているではないか...。「東京から来てるっていうから…場所がわからんかと思ってね」と。もし僕が先約のミーティングに出ていたら、彼はああして店の前を行ったり来たりしながら雨の中ぼくを待ち続けたのだろうか...。店に入り、昨日と同じ椅子に僕を座らせるとおじいさんは「よぅきたね」と言ってお茶を一口すすった。「あの、今日は"鳥の歌"を聞きにきました」「あ、カザルスね。あれは最高ですよ。最高の音楽だ。僕の所で聞いたら他では聞けないよ。これは本当のこと。それがわかる人とわからない人がいるけどね。」「君が座ってるその椅子にむかし小澤征爾クンが座ってね。君と同じように"鳥の歌"をききたいってね」「え!あの小沢征爾さんがですか?ここに?」「そうよ。君と同じように毎日来てね、僕の話じっときいてたよ。僕のいうこと分かる人はね、小澤クンが代表だ。素晴らしいね。他はね、話を聞かなかったのは全部ダメ夫クンだ」そして暫く彼の持論を聞いた後に、遂に"鳥の歌"は奏された。パブロ・カザルスのビオロンセロが静かに、そして激しく鳴り響いた。勿論このおじいさんのタクトの下に。そして、そのサウンドは本当に美しく僕の心に突き刺さったのだった。やはり来て良かった。本当にそう思った。
それにしても、この人は音を既に整えられたLPレコードというメディアを何故あえてボリウムを変えながら演奏するのか、それが僕の一番の興味だった。それを僕は勇気を出して聞いてみた。「何故ボリウムを変えるのですか?」それに対して返って来た答えは、僕がそれまでに出会った事のない驚きのサウンド論だった。
http://hirokawashima.sblo.jp/article/55640383.html につづく
posted by Hiro at 17:22| Hotsuma Rose Essay

2012年05月01日

Hotsuma Rose 2012 Day-8 "名古屋のレコード店の思い出"Vol.2

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元々客を迎えることを想定していないんじゃないかと思うような殺風景な店内。ただ、土間の中央には年代物のアンプとプレイヤーが鎮座していて、ボリウムつまみが鈍く光っている。「ま、座りなさいよ」とおじいさん。「あの、ジャズのレコード見せてもらえますか?」というぼくの質問に答えるわけでもなく、静かな口調で「僕はね、終戦の頃からね体育館にみんな集めて無料でレコード・コンサートやったのよ」と語り始めた。この店に長居などする気は毛頭なかったのだけれど、彼の熱い語り口で語られるその半生をかけた地域イベントが、当時の人達にどれだけ役に立ちそして気持ちに勇気を与えたかという素敵なエピソードを聞くにつけ、話が終わる頃には僕はこの人がとても好きになっていた。「ちょっと...」と言って彼はまた奥に引っこんでしまったが、暫くしてLPレコードらしきものを2枚ほど脇に抱えて出てくると僕の前にすわり、こう言った。「HELP!(ビートルズ)と、鳥の歌(P.カザルス)とどっちがいい?」・・・モダンジャズが…と言いたいところだったが、まあいいか。僕は「カザルスがいいです」と答えた。すると「カザルスは明日にしよう。今日はビートルズ聞いていきなさい」という。要は明日も来いということらしい。おもむろにLPをターンテーブルに乗せると彼は無造作に針を乗せた。"HELP!!!"響き渡るビートルズ・サウンド。ニヤっとした彼は指をボリウムつまみにかけると何を思ったのかグイッと回した。音は一瞬にして最高潮に達する。と、腰を半分上げた彼は、まるでビートルズを指揮するかのようにその8ビートに乗って左手は指先でタクトを振り、右手で音量を調整し小踊りしながらHELPを僕に聞かせている。こ、これは....!いったい…
曲が終わり、あっけに取られる僕に彼は顔を紅潮させて言った。「これがHELPだよ、本当のHELP、助けてー!!じゃ。キミわかるかい?」それから2時間。彼のビートルズへの思いと、HELP!の本当の意味?というか持論を聞かせて頂いた。気がつくと辺りはすっかり陽が傾いている。「あの、レコード売って欲しいんですが...」そう切り出してみると、彼は言った。「一回来たくらいじゃウチのレコードは売れないね。欲しけりゃまた来るんだな、同じ時間に。」そう言いながら、このおじいさん、もう帰れと言わんばかりにレコードをそそくさと片付け始めたのだ。
http://hirokawashima.sblo.jp/article/55627522.html につづく
posted by Hiro at 12:15| Hotsuma Rose Essay

2012年04月30日

Hotsuma Rose 2012 Day-7 "名古屋のレコード店の思い出"Vol.1

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毎年この時期、ゴルフの中日クラウンズ トーナメントというと思い出す事がある。
もう25年くらい前になるが、ボクは当時広告代理店の営業の仕事で毎日あちこち飛び回っていた。ある時担当する得意先が中日クラウンズを提供することになり、そのアテンドで名古屋に行ったことがあった。3日間、毎日朝と夜に仕事がある為、昼間は自由行動になっていた。さて初日。勝手もわからない名古屋の地で私は特にあてもなく街中を散策していたのだが、大通り沿いに立つ一軒の小さな店が目に入った。「輸入レコード」という看板がでている。間口は3m程か、ガラスの引き戸の脇に何枚かのアナログレコードが飾ってある。外から中を覗いてみても人影は無く、ただ、店内の壁にもLPのジャケットが掛かっているのが何となく見えるだけ。意を決して引き戸を開ける....古い家の匂い。しかし中から聞こえてくるのはジャズではなくかすかなテレビの音だった。なんだ、お店じゃないのか、失礼しました・・・と引き戸を閉めようとすると、中から人影が。おじいちゃんだ。手にはお茶を持っている。
「なに?」とおじいちゃん。「え?」とぼく。「あのー、ジャズレコード屋さんですか」と聞くと、「あなた、だれ?」「あの、私はですね、ちょっと前を通りかかったんですけど」というと「あ、そう。まあ、座りなさいよ」だって。ここで誰が思うだろう…期せずして入った名古屋のレコード店が自分の音楽観を根底から覆してしまうとは・・・。
http://hirokawashima.sblo.jp/article/55606287.html につづく
posted by Hiro at 07:41| Hotsuma Rose Essay

2012年04月28日

Hotsuma Rose 2012 Day-6 "サイゴンのルシアーを訪ねて"

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5月のラブ・ノーツのSTB139LIVEが終了したら、少しの間ベトナムのホーチミン・シティに行くことにした。サイゴンは昔から一度訪れて見たい場所だったし、何よりも優秀なルシアー(弦楽器職人)がいるのでその現場を見てきたいと考えている。さて、この日記、ホツマローズの蕾があとどの位で咲くのか見当もつかないが、今年は気候も暖かいし去年に較べて空気自体が柔らかく芳醇な感じがするので、出発までには咲いてくれそうな気がする。こんな何となくの予想が当たる保証など無いけれど、今年は僕には沢山の希望がある。この蕾にひとつ願をかけてみようかな。

http://hirokawashima.sblo.jp/article/55589819.html につづく
posted by Hiro at 19:03| Hotsuma Rose Essay

Hotsuma Rose 2012 Day-5 "レギュラー・ライブ"

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結局マリオは時間の都合がつかず先日のレギュラー・ライブには間に合わなかった。シンガポールのLIVEの時間は始まりが遅く、だいたい9時半か10時くらい。日本は最近特に早くなって7時とか7時半だ。まさか11時半に演奏が全て終わってしまうとは思っていなかったようで…もっと遅くに寄るつもりだったらしい。
ただ、その代わりにライブには沢山の奏者が楽器を持って遊びに来てくれた。福島在住のSax吹きO氏。十代の女性ギタリストAさん。そしてジャズでは珍しいCメロトランペットを吹くKさん。いずれもアマチュア・プレイヤーだ。
僕は23年のサラリーマン生活の果てに、現在は一応ミュージシャンを自称させて頂いているけれど、アマチュア時代は仕事の後にプロのピアニストやバンドのセッションに飛び入りさせて貰い、そうして演奏経験を増やして来た。あの頃の経験がどれだけ自分の音楽の栄養になったか計り知れない。だから、僕のライブに積極的に来てくれるアマチュアにはできる限り一緒に演奏して貰う事にしている。大切な事は学ぼうとする気持ちだ。ジャズという音楽は自己表現である以上に「楽器を通したコミュニケーション」でもある。対演奏者、対オーディエンスへ自分の音楽を伝え、そこに展開するミュージシャン同士の"やり取り"から多くを学ぶ。これは一人でやる楽器の練習から得られるのとは全く質の違うものだ。

http://hirokawashima.sblo.jp/article/55569186.html につづく
posted by Hiro at 00:57| Hotsuma Rose Essay

2012年04月26日

Hotsuma Rose 2012 Day-4 "太陽の磁場"

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来月にも太陽の磁場が2極から4極に変わる...って?。このニュースが頭から離れない。だって学校でも習った通り、太陽の容積は我々が住むこの地球の約130万倍だ。その規模だけで思考の限界を超えてしまうが、逆に地球に対する物理的な影響もまた人智を超えたものであろう事は容易に想像がつく。太陽の電磁波の半分は常に地球全体を透過し輻射熱として地球を暖めているわけだから、それが本当の事ならば、これまで悠長に語られて来たいわゆる温暖化というような気象上の変化等とは比較にならないレベルの天変地異や、人間の意識への影響があっても不思議ではない。
蛇足だが、少し前から浮上してきた首都圏直下型の大地震の予測は、そもそも南関東の何処かで起きる地震を震度・規模(M)・深さ・場所・時間の概念を総て最悪の事態の確率は「4年以内に70%」や「30年で98%」といった報道で皆が震えあがった高確率には程遠いというのが実際のところらしい。報道さえも視聴率優先の原理が優先しているのか、あの数日間の"震度とマグニチュード"といった数値の錯覚と、マスコミや学者の責任回避を巧みに使い分けたまるでパニック映画のような報道合戦はまさに異常だった。そして報道が終わった途端、皆ケロっとしてお笑いに呆けている。まあ、だから多分この事案自体その程度の深刻度なのだろう。だが、しかしその一方、今回の太陽の磁場の報道はイヤにあっさりしている。まさか説明を要するお笑いネタがつまらないのと同じくらいのレベルでマスコミが事態を避けて通ろうとしているわけではない事を願いたいが、関心度や知識量が高まってから、さてその深刻度を伝えたら後の祭り・・・などという事だけにはならない様に、僕らは惑わされないようにしないといけないね。

http://hirokawashima.sblo.jp/article/55557847.html につづく
posted by Hiro at 13:15| Hotsuma Rose Essay

Hotsuma Rose 2012 Day-3 "早朝の地震"

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早朝の地震で目が覚めた。テレビをつけると速報が。千葉で震度4。23区が震度3。昔は地震が凄く恐かったけれど、最近は慣れっこになってきたな。枕元のiPadを開けると5件の新規メッセージ。ここのところメールを開けるのが憂鬱だけど・・・・マリオ?お!マリオ・セリオだ。シンガポールで出逢ったジャズ・ピアニストである。ちょうど日本に来てて今日の僕のライブに遊びにいってもいいか?と。昨日は近藤哥久子さんのお通夜でピアニストをなくすことの無念さを思い知らされたが、まるでその心に空いた穴をうめるようなちょっと嬉しい知らせだった。マリオは僕がシンガポールに行くと真っ先に連絡をとるピアニストの一人だ。ジャズの場合、単音しか出すことのできないトランペッターにとってピアニストはいわばオーケストラだ。ラッパが出した音に反応するピアノが紡ぎ出すハーモニー如何で音楽の質が全く変わってくる。だからラッパ吹きはいつも自分に合うマウスピースを探しているけれど、実は自分のピアニストを探すことの方がもっと大切だったりする…。

http://hirokawashima.sblo.jp/article/55514365.html につづく
posted by Hiro at 08:23| Hotsuma Rose Essay

2012年04月24日

Hotsuma Rose 2012 Day-2 "あらたなる訃報そして悲しみ"

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一昨日に開催された「松本雄二を偲ぶ会」の参加者のブログ記事を読んでいたら、ドラム奏者の知人から電話があって、今度は大先輩の女流ピアニスト近藤可久子さんの逝去の連絡を受けた。那須にお住まいの近藤さんとは、ご自宅で定期的に催されていたホームパーティー形式のジャズライブに呼んで頂き、先月もお会いしたばかり。2日前に突然倒れそのまま帰らぬ人となったという。あまりの突然の出来事に声も出ない。30年前、会社勤めをしながら夜はトランペットを抱えてジャズクラブに通っていた僕をいつも暖かく迎え、一緒に演奏をして様々な事を教えていただいた。本質を重視するあまり、気に入らない事や音楽には辛口の批判も辞さない、とてもまっすぐな女性だった。でも「この子とは一緒に演りたいんだよ」と、いつも集まったファンの方々にボクを自慢げに紹介をしてくれた。あのアットホームで素敵なライブが無くなってしまうと思うと本当に悲しい…。僕はこれから那須に最後のお別れをしにゆく。

http://hirokawashima.sblo.jp/article/55510232.html につづく
posted by Hiro at 13:44| Hotsuma Rose Essay

Hotsuma Rose 2012 Day-1 "今年もまた・・"

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今年も僕のささやかなベランダの庭でホツマ・ローズが始めての蕾をつけた。期せずして昨日4月22日は、去年のホツマ・ローズ日記の最中に天に召されたジャズ・ベーシスト、松本雄二君のメモリアルセッションに招かれ、会を主催してくれた彼の旧友の皆さん達とまっちゃんの想い出を語りあったところだった。
昨年はとても寒い日が続いて、なんと開花まで23日もかかってしまった。さて今年はどうなんだろう。今年2012年は様々な観点から地球規模の大きな変化がある年と云われている。ここ数年の様々な天変地異やそれに伴う人災。更には急激な人びとの意識の変化と多様化はますます加速度を増しているように見える。この蕾は果たしてどんな花を見せてくれるのか、僕にとって最も近いこのバラの「将来の姿」を夢見つつ、その姿を観る日まで、自分の思いを綴ってゆきたい。
http://hirokawashima.sblo.jp/article/55474802.html につづく
posted by Hiro at 12:28| Hotsuma Rose Essay

2011年05月13日

Hotsuma Rose 2011 エピローグ (ブログはこちらから http://hirokawashima.sblo.jp/article/44408119.html?1410414192 )

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Hotsuma Rose 2011はこちらからスタートです。http://hirokawashima.sblo.jp/article/44408119.html?1410414192

Hana Hou!(=ハワイ語でアンコールの意) にお応えして・・・ホツマローズ…綺麗に咲いています。(5/13/2011)

Posted by Hiro Kawashima
http://www.lovenotesjoy.com/hiro

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さて・・・以下追記です。
今日は6月の13日。今回のHotsuma Roseブログが一応終了してちょうど1ヶ月です。そして今、この事をあえてここに書こうかどうか正直少し迷いました、でも考えてみたらこのブログのタイトルは「Spiritual Notes」だったから勇気を持って書くことにしました。多分この追記を見る人は少ないと思いますが、見た人はきっと何かのご縁ですね!!-Hiro

…僕を昔から知っている人は、以前チェットと僕の間に不思議な出来事や楽しい偶然が頻繁に起きて、それが彼が1988年この世を去った後も続き・・・というかそれ以降もいわゆる超常現象として更に頻繁に起きた事を、どこかで聞いたり読んだりしたかも知れません。まあ、そっちの方に特に興味のある方は、僕のHPにたくさんの文字でエッセイや昔の記事のスクラップがあるので気長に読んでみて頂ければと思いますが…
 とりあえず自分なりの結論としては、チェットと出逢い経験したそれらの不思議な出来事や偶然は、29歳の僕が当時、仕事の余暇として"いい加減"にやっていたトランペットを、僕の人生の中で間違いなく最高の「快楽」に変えてしまったチェットお得意の魔法だったのです。
 但し、それはただ一方的にチェットが杖を振り上げて「よし、こいつに魔法をかけてやろう」といった顕在意識的な行動ではなく、僕とチェットのお互いの「魂」同志があの時期まさに「化学反応」のように無意識的に作用しあって自然にそんな状況を作り出していた。だからそれ故に、彼が生きているときは二人の間に楽しい偶然が続き、そしてチェットがこの世を去った後に、それらの偶然が超常現象にカタチを変えて起こり始め、それは「ある時期」まで日に日にヒートアップしていった、という事実に繋がるわけです。
 それらの事象が少し後になって僕に気付かせたのは「魂」同志の関わりは、時空を超えて作用しあう、ということ、即ちまさに当時の自分にとって、何より説得力のある「魂」の存在の証明でした。
 その後、チェットとの「魂の語らい」はそれまでのような物理的事象を介してでなく、いつしかトランペットの演奏中の意識の中に反映される様になってゆきました。ジャズのインプロビゼーションを演奏している時や、作曲の構想を練っている時が顕著ですが、あるモードに入ると、 時々明らかに私ではなく楽器の方が(…実はそれも私なのですが)勝手に鳴っているのではないか、と思う瞬間があります。まあ今はそれも慣れてきていちいち気にしなくなりましたが…
ところが、今回、チェットはまたもや!懐かしい「あの」方法でアプローチしてきたのです。その経緯はこの通りです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
…例えばチェットと僕のお互いの誕生日が23日だったり、東京でチェットと二人でいるときに、実にたくさんの23が現れる現象が起こるので、思わず顔を見合わせてしまったり、23という数字が僕とチェットを結びつけた数字である事は認識していたのですが…まさか平成23年の今年が、チェットが亡くなって23年目だとは気がつきませんでした。そして僕はその事を自分のこのバラのブログが終った時に気付かされたのでした。
 そもそも思いついたようにこのブログを始めた動機は、ブログの序章に書いた通りです。3・11の震災によるいつもと少し違う社会や精神状態の中で、僕が名付けたブルー系の血を引くバラ、Hotsuma-Roseが、今年始めてその香り(ブルーノート)を放つその日までとあえて期限を決めて、自分の「思い」や「バラについてのエピソード」を綴りたい。そんな単純な気持ちでした。そもそもこの時点ではチェットとは直接的には何の関連もありませんでした。
さて、ブログは始まりましたが、実はこのホツマローズの蕾、僕は当初10日かせいぜい2週間くらいで開花すると踏んでいました。開花に合わせた"ホツマの会"(単なる仲間の飲み会)もそのスケジュールで動いていたのです。ところがいざ日記を開始して見ると、何日も寒い日が続いたり、大風が吹いたりと蕾が一向に育たないのです。さらにその間に重大な出来事がいくつも起きて、しまいにはブログを見ていたLoveNotesのマネジャーから「この蕾、ホントに咲くんですかね…」と言われる始末・・・。しかし、その後ゆっくりながらも蕾は育ち、そして、皆さんも見てのとおり、きっかり23日目にやっと開花したのです。5月の10日でした。そして、元から決めていたとおり、開花したこの日にブログは完了しました。その後、開花は更に進んで、その3日後にはまさに写真のとおり、完璧なる美しい華姿を見せてくれたのです。僕はやはりこれは皆さんにもお見せすべきと思い立ち、ブログ用に写真を撮ったあと、切花にして、チェットの形見のトランペットの前に飾りました。なぜなら、この日は5月13日、チェットの命日だったからです。それも今年は13日の金曜日。1988年のあの日も、5月13日の金曜日でした。翌日のNYの新聞の死亡欄には「チェット、呪われた13日の金曜に死す」と書かれたものでした。さて今年に戻って、僕が14日にブログに送られて来ていたコメントを見つけたのが17日。そして、それに返事を書きながら「ん??まてよ、1988年5月13日。2011年5月13日。てことは、今年は…そうか、23年目なんだ…!」僕はやっとそのことに気がついたのでした。(ブログのコメント参照)
 ということは・・・僕は全く無意識に、今年の初めてのバラを日記にし、普段は気にもしない開花の日数を追い、なんと23日目にその花は咲き、更に成熟し、しなやかにブルーノートを放つそのバラをチェットの23回目の命日、それも巡り巡って同じ13日の金曜に彼のトランペットの前に飾っていたのでした。これがチェットお得意の魔法でなくて一体何なのでしょう?
 まさに井上真紀の作ったLove Notesの新曲「SAKURA M」の「この世もあの世も境目などなく御魂は巡りて絡みて巡る…」の言葉どおりの出来事でした。これも偶然じゃないのかなぁ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 そして記念すべき今年2011年の春は、井上真紀のこの歌「SAKURA M」と、ブログでも書いた僕の「Blue Rose⇒Pavane」がお互い長い助走期間を経て晴れて新曲というカタチになった。暫くはコンサートやライブで演奏をしながら、いずれはレコーディングしたいと思っています。
☆STB139のステージより「Pavane」 http://fandalism.com/hiro023/cEL0

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P.S.
最近、実家に寄ったら母親がiPad2をシャキシャキ使っているのを見て、あ、いーな。僕も欲しくなり手に入れた。…これは実に楽しいオモチャですね。写真だけでなく動画もとれるんだよね。それも光量によっていい感じの粗めの画像が撮れるね。
…チェットの没後23周年だから何か作りたいなあ、と思っていたところだったから、無類の犬好きだったチェットにちなんで、井上真紀の家にいるキャバリア・スパニエル達をちょこっと試し撮りさせてもらって、昔の写真とかも入れてiPadだけで4分半のホーム・ムーヴィー風のMusic Clipを編集してみた。音楽は、僕が一押しのチェットの隠れ名盤「Most Important Jazz Album 1964-65」に入っている"Ann, Wonderful one"というバラード曲。チェットは歌だけでTpは吹いていないんだけど、フィル・アーソのテナーがトレーン派丸出しのいいカンジ(笑)のソロ演ってます。暇なときに観てください↓(僕のhandwritingをTagに入れたせいか、やたらカリグラフィー系の関連映像が付いてきちゃいますけど…まいいか)
http://www.youtube.com/watch?v=uEwFjF0j5Kw

Hotsuma Rose 2012 へ http://hirokawashima.sblo.jp/article/55473674.html
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2011年05月10日

Hotsuma Rose Day-23 「バラは香りのある結晶体」

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僕はクリスタル(水晶)が好きだ。その中でもアジョイテ・ファントム・クリスタルという、南アフリカのメッシーナ銅鉱山の周辺だけで採れる青緑色を少し内包した乳白色の水晶が特に好きだ。だが、無用に磨いたり手を加えられたものでなく、まだ土や硫黄のような付着物が着いているくらいワイルドなものがいい。
さて、僕にとってはバラの花も、そのひとつひとつにクリスタルと同じ「結晶体」としてのスピリチュアリティを感じる。多分それは花の蕾から開花に至る過程が、水晶がある特殊な条件下で少しずつ育つのと同じく、規則正しい分子の序列を守りつつ時間をかけて美しい幾何学的立体を生成してゆくからかもしれない。
もちろん水晶は鉱物で、花の方は植物だから、開花後には枯れ落ちてしまうという運命が待っている。しかしバラにはその刹那と引き換えにもうひとつの美、即ち「香り」が与えられた。今、僕の目の前に咲くホツマ・ローズのこの香りが伝えられなくて残念だけど、前述したとおりこのバラもブルー系独特の洗練された美しい香り「ブルーノート」を放っている。咲き始めの香りはなお爽やかだ。
蕾の発見から23日間の短い間だったが、いろんな事があった。本当に悲しい出来事が起き、またとても感動した出来事もあった。勿論少しは癒される事もあったかもしれない。人もまた地球の分泌物の一員として、それぞれの分子が様々に経験し育成して、少しずつ蕾を大きくしているのだろうか。はたして、いつしか我々はそれを結晶させて美しい花に咲かせてゆく事ができるのだろうか。最後にもう一度「ホツマツタエ」の序文で歌われたこの美しい歌をご紹介して終えたいと思う。
「しわかみの こころほつまと なるときに はなさくみよの はるやきぬらん」-大田田根子命
http://hirokawashima.sblo.jp/article/45139629.html につづく
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2011年05月09日

Hotsuma Rose Day-22 「書きかけの曲」

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「いろいろトライしたのにやはり出来なかった…」僕はなかなか寝付けなかった。
ベッドから起き出して窓を少し開けると、先ほどまで降っていた雨は止み、シンガポール独特の芝生の匂いがホテルの窓まで上がってくる。パソコンをあけてメールをチェックしようとクリックすると、間違えて隣のアイコンをクリックしていた。開いた画面は書きかけの譜面だった。
…以前、夢で見た中世のヨーロッパらしき「妙」な風景。何かの儀式のように男と女が交互に並び、そぞろ歩きで石畳の街を練り歩いている。手に手に一輪づつ花を持ち、無表情のまま僕の前を通り過ぎてゆく…。そんな「夢」の印象をもとにメロディが浮かんだので曲を書き始めたが、未完成のまま忘れていたのだ。ふと傍らのウクレレで改めてコードを爪弾いてみた。「そうか、あの時彼らが持っていた花はブルーローズだったのかも…」そう考えた途端、強烈なイメージが蘇ってきた。そして次に続くメロディが浮かんできた。僕は夢中になって残りのパートを作曲していった。そうだ。この曲は[Blue Rose]にしよう。曲は程なく完成し、僕はそのまま眠りに落ちた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ドンドン!とドアを叩く音で目覚めるとドアの向こうで声が聞こえる「ヒロさん、ヒロさん、大変大変!」ドアを開けるとハワイの友人が白蝶貝を持って立っていた。その貝はなんとも美しいパープル・ブルーに輝いていた。
それどうしたの?と訊くと、今日起きてみたら、昨日のまま放っておいた内の一枚だけがこの色になっていたという。それってどの配合だっけ?と聞いたが、もういろいろ試したから最後の方は覚えていない…と。じゃあ、再現は不可能?という事か…。
僕らはその1枚をそおっとバンダナで包み、そのまま工房に持ち込んだのだった。
果たして、その1ヵ月後にカスタム・ウクレレ”Hana Blue Rose※”は完成した。素晴らしい音色のテナーウクレレだ。インレイはまさしく僕がイメージしていた「奇跡のブルーローズ」になった。この楽器はその後1ヶ月ほどサウンド調整をした後に無事にクライアントに渡された。
因みにあの日に完成した僕のオリジナル曲は、一度は[Blue Rose]というタイトルにしてみたが、最近は[Pavane/パヴァーヌ]という元々考えていたタイトルに戻して気が向いた時に演奏している。
※ Hana Blue Rose → http://www.hanaukulele.jp/inst/brose.html
http://hirokawashima.sblo.jp/article/45052993.html につづく

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2011年05月08日

Hotsuma Rose Day-21 「白いバラでもいいですか?」

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目指す色合いのインレイ制作の方法論を模索つつ、その3ヵ月後に僕はそのウクレレのアッセンブリーを行っているシンガポールに向かった。しかしその前に先ず空路でCEBUに向かい、いつも貝の素材を提供してもらっているコンク貝の研究所に立ち寄り、インレイ用に厳選した大型のMOP(Mother of Pearl=真珠貝)を数枚受け取った。彼らはベルギーの科学研究機関で、豊富な貝の宝庫であるCEBUで永年貝の研究をしているのだが、僕がブルーローズをインレイで作ろうとしている事を話すと、笑ってこう言った。「難しいねぇそれは。先ず貝に色をつけるのは難しいんだ。大体の絵の具は弾いてしまうからね。ましてや透明の色はなかなか綺麗に乗らないよ・・・。しかしさ、なんでブルーローズなんだい?僕なら白蝶貝の白いバラを提案するね。何故って誰も見たこともないものが描けるとはそもそも思えないからさ…。」
翌日僕がシンガポールにつくと、一緒にウクレレ製作を手伝ってくれているハワイの友人が、考えられる限りのあらゆる青い塗料を用意して工房で待っていてくれた。ラッカー、ウレタン、エナメル、そしてホノルルで買ってきたというラメ入りのマニキュア(!?)・・・どれも実際塗布してみると、例の研究者の言ったとおり色がうまく乗らないのだ。美しい色などは到底望むべくもなかった。いくつかは色が乗ったのだが、その上から楽器全体にかけるクリア塗装の種類を変えねばならず、それは楽器の音自体に影響が出てしまう、として現実的ではなかった。うーん…やはり難しい。僕たちはその晩朝方まで作業をしてそれぞれの部屋に戻った。あすはたぶん国際電話で謝らねばならないな。「やはり無理でした。白いバラでもいいですか?」僕はクライアントにそう訊くのだろうか?
http://hirokawashima.sblo.jp/article/45020996.html につづく
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2011年05月07日

Hotsuma Rose Day-20 「構造色=Structural Color」

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さて、僕の扱うウクレレは特殊なボディ形状(ラウンド・バックという)をしている為に楽器の背面を使って自由にインレイを施す事ができる。インレイ素材は古くから弦楽器の装飾に使われてきた真珠貝や黒檀を通常は使うのだが、今回は青のバラという指定がある為、現地の工房に行く前にあらかじめ東京で様々な素材を試してみた。鉱物ではアズライトやラピス・ラズリの粉末、またはステンドグラスのような青色のガラスでも試してみた。しかし「不可能な青バラ」の色を出す為に選んだ素材はバラのカタチにして木材に埋め込んだ時にどれも一様に、青にすればするほど、バラの生きた表情がなくなってゆくという現象がおきたのだ。そういえば、実際に生きたバラも、青みが増した品種を更に青くしようと交配するとどうしても枯れてしまうというが、なんとも皮肉な偶然だ。そして、僕の出した結論はやはり花を木材にインレイして美しく表現するには、ベースに真珠貝などの発するいわゆる構造色が不可欠であるという事だった。構造色=Structural Colorとは、真珠貝やアバロン貝、または昆虫のカナブンやタマムシなどのように、生物の微細な層状の構造によって光が干渉し色づいて見えるものだ。この構造色を活かしつつ、クリアなブルーの色を乗せて行けば、いわゆる「不可能の象徴の青バラ」ではなく「ブルー系の美しいバラ」のイメージに近づいてゆく・・・筈だったのだが・・・事はそれほど簡単ではなかった。http://hirokawashima.sblo.jp/article/44966640.html につづく
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2011年05月06日

Hotsuma Rose Day-19 「不可能な?それとも奇跡の?」

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ブルーローズをウクレレに…という偶然にも突然やってきたこの課題。もし、僕自身が当時それほどバラに関心がなかったなら、多分安易にインレイ技師の提案した「真珠貝の代わりに何か青い素材でも使ってバラの形に仕上げる」方法を採用し、多分ロクなものも出来ずに諦めて、クライアントに断りの詫び状を出していたことだろう。しかし、ブルーローズというひとつのキーワードが、自然界と人類の間に有史来の永きにわたって存在する、ミステリアスで希望に満ちた、あるいはエゴイスティックで身勝手な、人間の姿を映し出す「鏡」のような不思議な言葉であることに気づきはじめていた当時の僕は、あえて勇気を出してクライアントに打診をしてみた。それは…、あなたが望む青バラは不可能という名の「希少」なブルーローズですか?それとも奇跡という名の「美しい」ブルーローズですか?と。そしてそれに対するクライアントの返事はこうだった。「川島さま。答えは私にも正直、わかりません。でも私がなぜあえて自分のウクレレにブルーローズを描きたいのかを説明することにします」と。そしてその後には延々と、彼と彼の愛する人との間に起きたブルーローズの奇跡の物語が記してあった。私はそれを読み、涙を流し、目の前の困難なアートワークに挑むことを決心した。勿論その目的は「奇跡という名の美しいブルーローズ」をこのウクレレに刻み込む為だった。http://hirokawashima.sblo.jp/article/44955319.html につづく
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Hotsuma Rose Day-18 「ウクレレに青いバラ!?」

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10年ぐらい前にハワイのウクレレの巨匠ハーブ・オオタ氏とセッションをしたことからウクレレという楽器に興味をもち、ハワイのウクレレメーカー「Hana」の仕事をした後、ここ7年程は自分でサウンド・デザインをしたウクレレをプロデュースし、オーダーメイドで製作して販売している。少し大袈裟に聞こえるだろうが、僕は、この楽器を世界中の人々が奏でる事で、人類の未来が確実に変わって行くと確信しているので、自分のジャズ演奏の表現と平行してライフワークとしてウクレレを製作しているのだ。(興味のある方は下記※WEB SITEへどうぞ…)
さて、バラの話に戻ろう。僕にとって最初のバラのシーズンが終わり、2年目の春に再度ブルームーンの花を咲かせてほっとしていた頃、ある方からウクレレのオーダーが入った。オーダーのメールにはこう書いてあった。「初めてご連絡します。御社のウクレレに興味があり是非購入したいのですが、実はオーダーするにあたってひとつお願いがあります。実は、ちょっとわけがありまして、楽器のどこでもいいのですが「青いバラ」のインレイを入れて頂く事は可能でしょうか?」というものだった。えっ?青いバラ???一度は、僕が青いバラに興味があることを知っている人かなと調べてみたが、心当たりはなかった。「ウクレレに青いバラ!?」さあそれから、約半年間にわたる、苦難のブルーローズ・ウクレレ・プロジェクトは開始したのだった http://hirokawashima.sblo.jp/article/44906712.html につづく
※Cocolo-ukes Website http://www.cocolo-ukes.com/
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2011年05月04日

Hotsuma Rose Day-17 「ブルーローズニシティ!?」

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蕾は明らかに開花の方向に進んでいるが、これからがまだ暫くかかりそうだ。いつもはもっと簡単に咲いちゃうんだけど、今年は蕾がいつもよりじっくり育っている感じがする。毎年真っ先に花を付けてくれるピンクのつるバラ「ブロッサム・タイム」も今やっと半咲きの状態だ。多分僕らには判らないいろんな波動に影響されてるんだろうな…。
さて、これまでブルー系のバラの話をいくつか続けてきたけれど、ブルームーンと初めての出会いからはじまった様々な「偶然」は僕のこころに多くの驚きと喜びをもたらしてくれた。蛇足になるけれど、前述した[All as One]※という歌を作ったときに、僕はその歌を発表する為に1996年ベルギーのブリュッセルに飛んだ。そして国際イルカ・クジラ会議の楽屋で知り合った生前のジャック・マイヨール氏と話した時、彼はこう言った。「Hiro、ドルフィニシティという言葉を知っているかい?」僕が首を横に振ると、「イルカが我々に起こす楽しい偶然やシンクロ二シティ(共時性)のことを文字ってドルフィニシティと呼ぶんだよ」と教えてくれた。そして「君と僕がこうして出逢って話をしているのも、ドルフィニシティのおかげだ」と微笑んだ。実際それをきっかけに僕はイルカが取り持つ多くの人達や物事との出逢いを経験して、まさにドルフィニシティの恩恵を受けて生きてきたといえる。
そして、ここ数年、僕はそれと同じ種類の現象をこの「ブルーローズ」に関して体験しているのだ。まさに「ブルーローズニシティ」ともいえるような不思議な現象はある日まったく突然に起こるのだ。(まだまだ続く…かも? http://hirokawashima.sblo.jp/article/44899369.html
※[All as One]Music Film→ http://www.youtube.com/watch?v=fkLPuskWNk0
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2011年05月03日

Hotsuma Rose Day-16 「BLUE NOTE」

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ブルー系の香り「ブルーノート」はダマスク・モダン、ダマスク・クラシック、ティー、フルーティなどなど代表的なバラの香りの中でもひときわ特殊な香りであり、どうやら花色にブルーの色素が入ることによって受け継がれているらしいのだが詳しい成分は未だ解明されていない。僕などは見た目の青さなどより、むしろこちらを研究して欲しいと思うくらいブルー系の香りが好きなのだが…。
一般的には「香りの王様」といわれるジャスミンは覚醒効果があり、「香りの女王」であるバラは沈静効果があるという。だが同じバラでもこの「ブルーノート」だけはむしろ覚醒して元気が出る香りのように感じる。そしてそれは僕自身が自分のジャズの演奏にいつも心がけているイメージと似ている。よく人は、音楽で癒されたいと言うが、この癒されるという事は、実は音で甘やかされることではなく、即ち本人が音楽によってエナジャイズされるということだ。ただほんわかと優しいだけの音の羅列ではなくて、例えばそこにちょっとドライブ感のあるリズムや、それこそ少しスパイシー(?)な音列とかも必要だ。それらが上手く織り重なって「生きいきした美しさ」が表現できた時には、聴くほうの受け手がエナジャイズされるだけでなく、不思議とこちら側の演る側も充実した気分になるものだ。だからジャズという音楽においても「ブルーノート」という「音列」の使い方がとても大切なのだ。何かこじつけのように聞こえるかもしれないけど、僕にとっては実に楽しい偶然だ。http://hirokawashima.sblo.jp/article/44829197.html につづく
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2011年05月02日

Hotsuma Rose Day-15 「FIRST FLOWER MAN」

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もし、バラがあえて「人間に好まれる」芳香を放っていると仮定するならば、バラはいつごろ自分達の種の繁栄を人間に託す意思決定をしたんだろう?(何考えてんだ?俺)だいいち、現在世界中で行われているバラの育種や、接木、品種改良など、バラを増やし育てているのはあくまでヒトの文化でしょ?園芸?趣味の世界だよね。花が虫に受粉を手伝わす生物学的事象と、人間の文化とか産業はそもそも次元が違う事だと僕なんかは考えてしまうけど、ここに興味深い情報がある。ある考古学者が人類の始祖といわれる100万年前のネアンデルタール人の骨を発掘したところ、彼らが眠る洞窟の遺骨の近くに、なんと!バラらしき花束が置かれていた形跡があるというのだ。DNAで…本当に(笑)。その骨は「FIRST FLOWER MAN」と名づけられたという。このことは、バラの祖先が人間が誕生した頃に、既に人がバラを育てたり消費する文化を維持継続していずれ産業化するだろうことを察知していたのだろうか?実際、結果としてバラはその姿と香りから人間には特別扱いされてこれ程までに子孫や品種をふやし続けているではないか。…ということはだよ?日本のある企業がいずれ「青バラ」を追い求めて30年もの歳月と労力を費やし「遺伝子組み換え」を試みることさえも計算済みだったってこと?
もしもそんな仮説がまかり通るとすれば、GAIAの大きな流れは精緻極まりない仕組みをもって一分の狂いもなく進行していて、その中で「地球一優れた最高賢者」どころか、地球の掟など全て忘れて、オマケにまんまとバラにも利用されて、日々一喜一憂しながら暮している我々人間はなんともオメデたい動物に映ってしまうな。でも、僕はそれはそれで嫌いじゃない。だって楽しいもん。でもあまりこれ以上「痛い思い」をしたくなければ、人間は周りで見守ってくれている鉱物、植物、動物、全ての美しい者達の事も考えてもう少しだけ「謙虚」な気持ちで生きていけるといいのかも…。(まだつづく http://hirokawashima.sblo.jp/article/44705444.html )
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2011年05月01日

Hotsuma Rose Day-14 「バラの香り」

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いわゆるブルー系のバラだけが持つ特有の香りをして「ブルーノート」と呼ぶ事は前述したとおりだけど、まずその前に「バラの香り」ということに思いをはせてみる。
植物は「花で誘い、葉で忌避する」という。花の香りや蜜で昆虫や鳥を誘うが、葉っぱからは虫の嫌う匂いや物質を出して寄せ付けないように働く。仮に葉っぱをかじられたりすると、ローズマリーやゴムの木のように、刺激臭を出して周囲の木々にも危険を伝えるのだそうだ。動けない木々は「香りで語る」ということか。
香りというのは多くの要素が交じり合って構成されている。香水などでも例えば官能的な香りには、様々な要素に混じってごく微量の嫌な匂い(硫黄化合物等)が加えられているというし、逆にいわゆるオヤジ臭といわれる加齢臭は、薄めて嗅ぐと何とも甘い良い香りなのだという(ホントかなぁ…)。だから匂いの感覚というのは受け手側のセンサーの機能によってかなりの差があるんじゃないだろうか…。例えば犬と人間の臭覚だけを較べても何千倍という差があるらしいし、ましてや昆虫と人間ではもっと大きな質的な差があるんだろうな。だから我々が感じている香りを彼らが同じように感じている筈がない。と考えると、植物というのは他の生き物を上手く利用して生き抜く為に、時と場合に応じて香りを嗅がせる相手を決めているということ?…とすると、人間にとってよい香りを発する代表的な花であるバラはそのターゲットを人間に絞っている…ということなのかな?? http://hirokawashima.sblo.jp/article/44674174.html につづく
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2011年04月30日

Hotsuma Rose Day-13 「MUSIC BLUE」

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今回僕が出演した高松の「MUSIC BLUE〜街角に音楽を」というイベント、震災の被災地に向けたチャリティイベントとして企画され、市内外から集まったアマ・プロ総勢200人以上の様々なジャンルのミュージシャンが街中のあちらこちらに設営された演奏会場を廻り演奏を披露した。高松の明るい陽の光、緑。町を静かに吹き抜けて行く気持ちのよい風、そんな独特の環境の中だからなのか、ボサノバを中心とした、Jazz、カントリー、ソロウクレレ、といったジャンルは違っても、いずれも爽やかな音楽が一日中街中に響いた。音楽をこころから楽しんで街を歩く人達、思わず立ち止まって拍手を送る人達…何よりも印象的だったのは皆さんの笑顔でした。ミュージシャン同士の交流もあってとても楽しい2日間でした。本当にいいイベントでした!
 高松から帰ってきたら、ラブノーツのマネジャー件ダンサーの藤尾有布子が気を利かせて本日の蕾の写真を撮っておいてくれた。写メにしても強風の中よく撮ったなぁ…。だからといって話題にするのもおかしいが、彼女は隠れた名カメラ・マンで、DVD[Love Notes in Hawaii]のあの印象的なジャケ写の井上真紀の立ち姿も実は藤尾有布子が撮った写真なのです。でも気になったのは彼女のひと言。「この蕾、一体いつ咲くんですかね??」うーん。ちょっと心配になってきたぞ…(汗)
さて明日からはまた「Blue Rose」の話に戻ります。 http://hirokawashima.sblo.jp/article/44653731.html につづく
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